あなたにとってのMMO 1

はじめてファミコンを買ったとき、悪いお友達が、自分のコレクションの中から「名作」を集めて、かつ、やる順番まで指定して貸してくれました。やばかった。なにしろ、ドラクエもFFもすでに結構巻数を重ねていた頃、ドラクエ2>FF>ドラクエ3>FF2・・・なんていうのを一夏でやってしまった。というより、気がついたら夏が終わっていたw
純真だった(w)私はお猿さんとなり、自分でもソフトを買いあさりはじめました。当時は、中古ソフト市場というのが今よりずっと活発で、それほど大量のお小遣いをもっていたわけでない私でも、次々にソフトが買えました。(当時すでにクラシックになりかけてたゲームをあさってたせいもありますが)好きだったのは、RPGとシミュレーション(といっても、最近のフライトシミュレーション・・・みたいなすごいのではなく、ファミコンウォーズ三国志といった方面の奴です。)ニブチンだった私にはアクションゲームは手に負えず、そちら方面に手広く触手を伸ばしていった結果、そこは「クソゲー」の宝庫であることを発見しました。(いや、じつはアクションの方が本数が出ていた分、クソゲーは多かったのかも知れませんが)
ここで、私的に「クソゲー」のジャンルの筆頭になっていたのが、国産の破綻してしまったRPGではなく、海外タイトルを移植したものでした。いわゆる、「洋ゲー」というやつ。当時は「なんかちがうからやだ」程度の認識でした。今考えると、これらは非常に似ていたけど、ベクトルはかな〜〜り違ったものです。
日本製RPGと海外製のRPGの間にあった深い溝、それは「目的」の違いだったと思います。いや、表面上の目的は「すべてのなぞをとき、悪の大魔王をやっつける」で、すこしも違わないのですが、実際にゲームをやると、主なウェイトが置かれているポイントの違いは明白で、設計思想が当初から日本オリジナルだった事が伺われます。
洋ゲーは、あくまで合理的、プレイヤーはその世界の住人としてうまれたら、こうなんだろうなぁというリアリティのあるキャラクターで、敵に立ち向かいます。戦闘も合理的なもので、経験も力もないPCは、気持ちがいいほど簡単に雑魚キャラに食われてしまいます。ユーザーインターフェースは最悪、持ち物は一個一個ひろってバッグに入れ、腹が減ったら鞄から食べ物を出して食う。NPCもだいたい不機嫌で不親切で、何をしたらいいのかすぐわからなくなってしまう。グラフィックもハードで、全体的に暗い。
一方、ドラクエとそのコピーからなる和製RPGは、「ドラクエ・ツアー」と揶揄されるほど、親切この上ないインターフェースをもち、どんなバカ小さなお子様でも筋道のわかるように、慎重に配置されたおしゃべりなNPCが必要なことは全部教えてくれ、荷物はソートでき、けがや空腹と言った現象はすべてHPの増減に集約され、戦闘以外で減ることはほとんどなく、その戦闘も、「次のフィールドに移りなさい」というフラグに逆らいさえしなければ、よほどのことがない限り、死なない。次のフィールドがきつそうなら、前のフィールドで経験値上げがたやすくできる・・・などなど。そして、グラフィックはかわいらしく、明るい。
これはおそらく、洋ゲーにはまったドラクエの開発者たちが「ああ、こうだったらいいにねぇ」と改良を加えていった(元ゲームは「ウルティマ」であったと聞いております。)というだけなのでしょうが、その結果、洋ゲームが「ただの人間(もしくはデミヒューマン)が、万難を排し、一つの目的に向かい、その結果大魔王とガチが出来るほど強くなる」ことにカタルシスを覚えるゲームだったのに、「生まれついての伝説の勇者が、数々の人のおせっかい友情と親切によって、おのが宿命に気づき、やっぱり人のお世話(パーティーのこと)になりながら、宿命に基づいて大魔王を倒す」という、おとぎ話チックな、最終目標よりもその過程を楽しむゲームに進化・・・を遂げていったわけです。洋ゲーがある程度のしゃれがわかる、みたいなスキルが必須なのに対し、どっちが万民向けであったかは一目瞭然で、ドラクエはものすごいことになりました。(当時世界で最も普及したコンピュータ、というプラットフォームがあったのはもちろんですが・・・)
それから時は流れましたが、日本式RPGが日本であれほど売れたのに、事情はあんまり変わっておりません。・・・MMOでも。





なんか、長くなっちゃったのであとで続きを・・・。
なお、この文章はたいした調査もなく書いているので、多分に妄想に近いです。記載内容が事実と違っていたらもうしわけない。